53.増やす知識 2

シリーズ2
彼女の名前は、、仮名にしますが、ジェニファー!
1917年にニューヨークのある貧しい田舎町で生まれました。幼少期の頃から、『いつか看護師になりたい!看護師になって病気に苦しむ多くの人を救いたい!』という夢を持っていた彼女は、15歳になると両親の生活を助けるために近所にある医療施設でメイドとして働きに出ました。沢山の医療関係者、医者と出会い、彼らから多くを学べる環境は彼女にとって何よりも刺激的な每日でした。そして、その医療施設がはじめて開設されたトロット看護職業学校に入学し看護師の資格を取りました。その時、彼女は33歳、ついに『看護師になりたい』という夢を実現できたのです。そして、1950年1月、開設したばかりのヴァージニアメディカルセンターに雇われました。彼女は每日、看護師として働けました。患者さんからの評判もよく、引退するまで、たった1度も転院する事もなく43年間、働き続けました。、そんな彼女がリタイアする3年前「40年の誠実かつ尊いサービスを遂行した」人だけに与えられる『長期間にわたる優れた業績への賞』(Sustained Superior Performance Award)を受賞しました。自分の看護師人生に満足しきった彼女は、引退後、ある日、突然、養子縁組に対して400万ドル(4億円)、さらに、医療のさらなる発展のために、UB歯学部に100万ドル(1億円)、ポーランドのコスキスチコ基金に100万ドル(1億円)もの金額の寄付を行い(合計6億円)、全米中に衝撃を与えました。何故、全米中に衝撃が走ったのか?
お分かりです?
確かに凄い金額の寄付金ではあるのは間違いないですが、世の中には、億単位の寄付をしている人は他にもいます。全米中に衝撃が走った理由は他にあります。それは、、彼女は生涯、年収230万円を超えた事が1度もなかったからです。
たった、年収230万円ですよ…(失礼しまして申し訳ございません)
毎月給料約20万円…
女性ってだけで、このごく一般的??な収入の彼女が何故?そこまでの多額なお金を作り上げる事が出来たか?
この実話で、私が当時アメリカに移住してた時に、大富豪の友人の彼女のやっていた事を紐解いていきます^_^!
シリーズ3へ続く…

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