46.資本主義

「日本には資本主義自体が存在したことがない。それはそもそもその大前提である所有権自体が日本にはないから」
という内容を学んでいただきたいと思います!
この内容は実は日本人たちは故意に教えられていないから、知らない内容です。
それで今日は改めて「日本には所有権がないのだから資本主義としてはまだまだ未熟でそれはすなわち日本においては資本主義というのはまだ誕生したことがない」
という話を書きたいと思います。
一応、株やFX、為替取引なんかはまだ市場操作はあったりしますけど
「ある程度自由市場ルールで動いてる」のです。
だから利益につなげられるっていうことなんです。
それで今はまだ株式市場始めとして、まだまだ自由市場というのは各国で整備されていないのが現状なのですが2020年代に一気に自由市場が色々な国で出来上がるでしょう。
あの北朝鮮でさえ。
そこでようやく本日の内容を理解してる人たちがまさに皆さんが2020年代に
「本格的に活躍する=すなわちマネーを稼ぐ」本格的な時代に入っていくっていうことです。
だから実は私なんかはもう時代の先を読んでいることになる訳で、ここで学んだ人たちがこれからの2020年代の世界中で資本主義が導入される時代に大活躍していくように作られているわけです。
それで上に書いたように市場にはルール=法則性があるんですけどそのルールをここで学んでいる、と考えれば、大きく物事を見渡せば分かりやすいかもしれません。ちなみに何事も大きく見渡すことは大事でしてそこで戦略立案が人生全体でできるようになってきます!
それでこれから各国で資本主義が導入されていき
「市場」ができていくのですけど実は日本はそもそも資本主義ではないのです。
たぶん多くの人にとって初めて聞いた言論だと思います。
「日本が資本主義だと思い込んでいた」人ばかりであるはずなので。
それが洗脳を目的とした義務教育ですから・・・
それで本日はこれに関して取り扱うのですがちょっと長い文章ではあるけど
結構分かりやすくなるべく書いてもいますので、見てくださいね!
【学校では教えてくれない「日本には所有権がない」という驚愕の事実について考える!】
ということについて書いていきます。
これはきっと多くの人にとって「驚き」だと思います。
私たち日本人は「漠然と」所有権がある、と思ってるわけですね。
が、実は日本社会や制度なりを分析していくと「どうも日本Japanには所有権が存在していない」
という驚愕の事実がわかってくるわけです。
よく、私たち現代人は「資本主義」という言葉を使うけどそもそも資本主義の要諦(ようたい)ってのは
「所有権」にある。
けど、この所有権がない国を資本主義と呼ばないので、「実は日本は一度も、資本主義を経験したことがない国である」と
いえるわけです。
こういう事実を学校では教えてくれません。
また、同じく日本の高等教育である大学、例えば早稲田の政治学科の学生たちもこれを大多数は知らないし、またそれよりも頭がよいとされる東大生なんかもこれを知らない。(知っていたら、官僚にはならない。)
が、実は最近のアジア圏のそれこそ頭良い将来の指導層になる若者とか、香港、韓国、シンガポール、台湾あたり、またオランダあたりの世界基準の教育を受けてる人たちは知ってる内容なんです。
今日はこれを書いていきます。
そして、これを知ればなぜ日本が不況のままでずっと「失われた30年」なのか、また他の国が逆にどんどん発展しているのか、またどういう国で投資活動をすれば成功するのか、という分析視点が皆んに育ち、わかるようになってきます。
ということで今日はなるべくわかりやすい文体で説明しますね。
本題に入ります。
今日は
【学校では教えてくれない「日本には所有権がない」という驚愕の事実について考える!】
ということについて。
この所有権については、多くの人が当然のもの、と考えてるわけですけど、実は厳密に日本社会や制度を分析してみるとこの所有権、ってのは全然実は日本で戦後70年経過してもまったく確立していない、というのがまず実際の真実なんです。
これを書くと多くの人がきっと驚きます。
「え、日本には所有権がしっかりあると思っていた」
と、驚くと思います。
が、実はこれは大思想家の小室直樹、また山本七平によって
数十年前に明らかにされているのですけど、実は日本には所有権が存在していないのであります。
ここに実は根本的な日本社会の構造上の欠陥、闇がありまして、
それが簡単に言えば今の多くの日本人の苦しみにつながっている、ということでもあります。
例えばそうですね~??
マイナンバーとかはあれは皆さんの資産捕捉のためですよね〜、あとで奪うための。
ああいうのもそうだし、どんどん作られていく新しい税金、あれで国家は簡単に皆さんの資産を奪える状況でして例えば、
「自分で稼げたぞー」となってもそこで多額の税金がかかってそれで資産を失う人も後を絶ちません。
この「根本的な原因」はどこにあるか??
というと一言で言うと「日本においては所有権が確立されていない」ってところなんです。
この辺の事を学校では絶対(色々不都合だから)教えない。
そういうことを書いちゃいます。
このレベルで多くの人が知ることができるようになるまで、おそらく私たち日本人の民衆の未来は大変なものになるので。
(が、日本の官僚や公務員は民衆が無知のままいたらより強くなれます)
それでよく私たちは「資本主義、資本主義」って言う。けどみなその「資本主義とは何かを学校で故意に教えられていないから」だから「イメージで」資本主義を論じてるわけですね〜
なんとなくイメージで「資本主義」という言葉を使っていて
例えば「資本主義はだめだ~」という人に「じゃあ資本主義とは何ですか?」
と聞いても実は、本当のところ、誰も答えられないというのが日本の現状です。
これは本当に日本の一流学府の東大とか京大の生徒さんたちでも答えられないんですね〜
教えられていないから。
これが日本の教育のゆがみ、として存在するわけです。
それで、じゃあ「資本主義でもっとも重要なのはなんでしょう??」
と質問したとして、これもまた多くの人が答えられないけど答えは「資本主義においては所有は「絶対」である」
というのがもっとも重要です。
それでまず知っておくべきこととして資本主義の前提条件としてもっとも重要なのが
「市場の普遍性(ふへんせい)」っていうんですね〜

これはどういうこと??というとそれは
「どこにでも市場があること」であります。
例えば、株でも市場がありますよね?
魚や野菜でも卸売りの市場がある、
また最近は仮想通貨でも市場がありますよね?
この「どこにでも市場があること」というのはとても大事で、それが市場の普遍性、というんですね。
要するに、主な売買は、常に市場で行われるっていうことです。
すべての相場参加者、企業たちってのは市場原理に支配される。
これが資本主義の前提条件でまず重要です。
またさらにその前提として法の普遍性(ふへんせい)というのも大事で、これは法律がちゃんと近代的になっていることなんですけど資本主義的な法律、これが経済に普遍的であることを言います。
例えば大企業だけがインサイダー取引を許されて逮捕されないけど、この前話したアメリカの議員たちもそうですよね?
個人ではそこで逮捕される、なんて状況だとこれはやはり資本主義は機能しないわけです。
それで1、市場の普遍性2、法の普遍性
この2つの資本主義のまず前提条件があるんですけどそれは欧米資本主義だとこれは当然になっておりまして、
一方日本とかあとは昔の中国、なんかはこれはいまだ成立していないわけですね。
この市場と法がどれだけ普遍的であるのか、ようするに行き渡っているか?
これは近代デモクラシーがどれだけ発展してるか?という問題でもあります。
それで欧米諸国を見ると、資本主義と上の近代法、および近代デモクラシー(自由民主主義)
これは3位一体で発達してきたわけです。
この3つのどれが欠けても、他の2つは発育が完全にできないわけです。
だから、実は結構左派リベラルの人たちが「資本主義の打倒」とか言いますけど、実はこれは3位一体の発展の歴史を知ってると要するにそれは最終的に近代デモクラシーの否定にもなりますからそういう意味で この人たちの主張というのは実は意識していないかもしれないけど民主主義に対立している。
ということでもあります。
それで、今の日本の問題のひとつとして、上記の市場の普遍性、これは確立していないわけです。
最近だと東芝のWHハウス買収失敗の事件もそうですし、また昔なら住専問題とか、大和事件などなど、市場の普遍性が確立していれば起こらないような問題が沢山起こってるわけであります。
一応日本にも株式市場というのはあることはありますがご存知のように政府が価格操作に介入しておりますし、100株以上からしか買えないようにとハードルを勝手に上げられている。
そこにおいては自由市場というのは存在しておりませんし、また実際にインサイダー取引なんかも後ろでは為政者がよくやってるわけです。
また例えば「絶対につぶれない大銀行」というのが日本の経済にはありますが、どう見ても経済的には公共部門、すなわち国家側に属さないはずである大企業とか、例えば自動車大手メーカーとか、銀行とかゼネコンとか・・・
そういう公共部門に属さないはずの大企業が、なぜか市場原理に支配されていないわけです。
公的部門(国家)と大企業が癒着してしまっています。
こういう大きな問題が日本の抱える問題としてありますよね?
それでいよいよ所有権の話に入りますが、実は上の市場の普遍性、これが確立するための条件として重要なのが
1所有権2契約 
これが確立されていることです。
私は、日本にいるときにいやっと言うほど学びました。仕事的に不動産業を長年やっていましたから、宅地建物取引士の資格を取るためと、仕事的に知識が必要だったからです。
それで今号では2については書きませんが、
今日は1所有権、について書いていきます。
それで重要なのは
「資本主義は私的所有権から初めて開始する」
ってことです。
「所有権の確立」というのは簡単に言うと
あらゆる財とか商品とかに関して、所有権が確立していること
を言います。
例えば今この配信を自分のPCや、スマフォで見てる人がいればそのPCやスマフォの所有権はその人に属しますよね。
こういうと簡単なようですが、実はそうではないんです。
例えば日本のような資本主義が未熟な国、
これを前期資本主義の国とか言うんですけどここでは実は「所有」の考え方は存在しないんですね。
あっても確立されていない。
これを日本で初めて発見したのは山本七平と、川島武宣(かわしまたけよし)博士です。
彼らは所有論、を研究していたわけですがそこで日本にはなんと「所有概念がない」ということを発見してるんですね〜
それで川島博士が研究していたのは
「資本主義的所有とは何か?」というところなんですけどここでとくに何も断りなければ私が所有、と書いてるときは資本主義的所有、を意味して書いています。
それで川島博士は資本主義的所有を「私的所有権」として把握するんですね。
だから所有とは財の私的所有権のことです。
それでこの私的所有権こそがよく使われる資本主義、の要諦(ようたい)=もっとも重要な根幹であります。
一言で言えば私たちはよく「財産」という言葉を使いますがその「財」とは所有権のことです。
資本主義の富みというのは「財」のことであって各商品価値の使用価値というのは交換価値を前提としていますが交換価値があることこそ商品であることの本質ですね。
だから例えば金地金=ゴールドというのがあるけどこれが1グラム6000円くらいで買えますがこの財は交換価値があって、まさに商品なんだけど例えば私たちが金を1グラム持っていてもそれを市場によって売ることができます。
他の財と、交換ができます。
この交換価値の所有権、だけが私たちが参加する市場において意味をもつわけですね。
だから資本主義の富(とみ)、っていうのは商品(財)の集積として現れる、わけですけど
この商品(財)っていうのは私的所有権のことです。
ここまで書いて意味不明という人も中にはいるかもだけどとりあえず知ってほしいのが
「資本主義というのは私的所有権から始まる」
ということです。
それで資本主義には私的所有権というのがとても大事というかはずすことのできない条件なんですけどこの私的所有は
1絶対性
2抽象性
を持つわけです。
今日は2抽象性については書きませんが、
1の絶対性は確実に知っておいたほうがいいところです。
ちなみに、これらの内容はググっても出てきません・・・(笑)
情報操作されていますので。
それくらい私たちは無知にさせられているってことです。
それで、私的所有権の絶対性、というのがとても重要なわけですが
この「絶対性」とは何??
と思いますよね?
これはもう簡単に言うと「その所有物は自分の好きなように自由に、扱っていい」
ということです。
だから「煮ても焼いてもどうぞご自由に」ということです。
だから例えば皆さんがスマートフォンを所有しているとしてそのスマートフォンを煮てもいいし、焼いてもいいし、まあどう使ってもいい、これが「所有権の絶対性」の意味です。
だからそこで国家はその使い方について口出しができないということです。
ただこの所有権の絶対性というのは、日本においては今も昔も存在していませんが、たとえば徳川時代なんかで偉い将軍様から馬をもらったとします。
本来はこの馬をもらった時点で、皆さんのものだから何しても自由なはずです。
馬肉にして食べてもいいはずです。
ただもしこの馬を当時の徳川時代で馬肉にして食べてしまったら下手したら切腹やはりつけ刑になるわけです。
だから「この馬をもらったのは私だ。だからどう扱っても私の自由である」
と言っても、その所有は絵に描いた餅なわけです。
そこには所有権の絶対性はないわけです。
それでここで所有権が絶対であるっていうのはどこから来たか?
というのも覚えておく必要があって、これは実はキリスト教から来ております。
キリスト教的神観がどうしても日本人が理解できない部分ですが
このキリスト教的な神観を前提にして、近代において所有権の絶対性は発生したんですね。
だから所有権概念が欧米で早く育ったということでもあります。
例えば資本主義のような形ができる前、古代や中世においてはこの所有は絶対である、なんて考え方はなかったんですね。
何かしらの制約を受けたものばかりでした。
それならじゃあこの所有権は絶対であるというのはどこからきたかというとキリスト教から来てましてキリストだと神が全てを作り上げたということになっているからそうすると創造者の神(God)は被造物(Creatures)を作ったからここで被造物である人間も含めて全て神の私的所有物という考え方をするわけです。
このようにキリスト教では神、創造者の被造物に対しての所有権は絶対的なんですけどこれは神が上にいて人間が下にいる関係で上下の絶対的所有権の関係ですよね。

神↓(絶対所有権を持つ)
人間
これを
人間 ⇔ 人間
の横の関係に変えたのが、これが資本主義的所有権のことです。
だから宗教の基盤がない私たち日本人はなかなかこれが理解できないんだけど、それが資本主義の要諦である所有権の根本としてあります。
だからこの所有権はそういう背景を持ってるから資本主義では「絶対」なわけです。
なぜ絶対でないといけないのか?というとこれはよく考えればわかりますけどそれがもし絶対でない場合、例えばそうですね〜
お金を転売なりFXなりバイナリーなりとかでもいいですし、株も今は皆さんが頑張って稼ぐじゃないですか?
が、その後、法の普遍性が無視されて例えば税務署が税法にないのに「内規でこうなってますから」となって皆さんが要求する経費を否認したとしましょう。
実は、税法では経費を否認できる根拠はないんですよ!
知ってました?
これが自己申告制ということ。
で、実際は日本の場合税については税法が無視されて形骸化(けいがいか)してるわけですけどここで国家が好き勝手お金取れる体制なんですけど、ここでまず法の普遍性は死んでるとなります。
それで、ここで「皆さんは沢山稼ぎましたけどちょっと世間の評判が悪いから、迷惑っぽいから、(違法ではない。)だからあなたに課税します」
ときたとする。
それでここでもし皆さんが稼いでもそういうターゲットにされたら、起業家なり投資家は無一文になるわけです。
これは日本でよくあるある、ですよね?
(日本ではそういう起業家や投資家を集団でマスコミと一緒に叩きますよね?これはすなわちその人たちは官の思考に洗脳されてるわけです。)
こうなると、所有権の絶対性は確立されていないわけですよね?
自分で財(お金)を稼いだのにこの財、お金は自分に属していない。
所有権は流動的で、国家の気分なり、そのときの情勢でいかようにも壊されてしまうわけです。
こうやって所有権の絶対性がない場合、経済主体となる企業も消費者も、目的合理的な生産計画、投資計画、および消費計画は立てられないわけです。
だって「いつ自分が 仮に今持ってる貯金を奪われるかもわからない」
という状況で、果たして設備投資なりできますかね??
あとで国家にマイナンバーで捕捉されて財産税で財産をほとんど持ってかれるかもしれない、あとで難癖つけられてお金を奪われるかもしれない、という所有権が確立していないところでそこで生産計画、消費計画というのは立たないわけなんです。
だから結局ひたすら生きるために人々は溜め込むことしかなくなってしまうんだけど、それを批判する人も多いけど、もし溜め込むことを否定するならばまずは私的所有権をちゃんと確立しないといけないわけです。
そうじゃないと投資にお金は回らないということ。
だから商品がちゃんと流通されて消費させるためにはここで所有が絶対的であることが必須条件なわけです。
これはアメリカの例なのですけど、
昔ハワードヒューズのお父さんは石油を掘るために削岩機(さくがんき)会社を作ってお金持ちになりました。
がその父はハワードヒューズが18歳のころに死んでしまいます。
そこで父の莫大な遺産や会社だけが残されたんですね。
そこでハワードのおじや、おば、がですね、
「18歳のハワードヒューズにはこれらの財産を管理するのは無理だ。彼が大学卒業するまで私たちが管理する」
と言い出したわけです。
ここでハワードヒューズが言ったのは
「その必要はありません、私は例えばハーバード大学にいくには頭が良すぎます。意味がない。だからすぐに仕事します」
ということでした。
ここで、18歳のハワードヒューズは親の大きい会社を売却してそれで映画会社を作るとか言い出すわけです。
「いくらなんでも ハワードヒューズに所有権があるからといって」
そんな勝手なことは許されない。
と、叔父や叔母は怒ったわけです。
そこで親権発動して裁判になった。
ここで日本の場合だと、下手したら
「公共の利益」に沿ってないとしてハワードヒューズが負けそうですが
当時の資本主義を理解していたアメリカの裁判官は
「これらの会社ふくむ財産は誰がなんといおうとハワードヒューズの所有物である。いくら若いといっても「ハワードの所有権は絶対だ」。
彼が自由にそれを使うことに対して阻止する法的理由はどこにもない!」
と判決を出したのです。
これが、資本主義の判決です。
これが資本主義の私的所有権の絶対性、ということなんですけどわかりますかね〜?
日本だとこうはいかないですよね。
例えば、そうですね〜週間文春あたりがこれについて
「ハワードヒューズがおかしい」みたいに報道しまくって世論を味方に作ったら、その世論の空気を読んで、裁判で判決が出されますよね。
ここにおいては実は私的所有権の絶対性はないわけです。
それで過去においても現在においても日本なんかでは所有権の絶対性はない、わけです。
日本人の所有権はあまりにも多くの制約がつきまとってます。
これが日本の市場法則にあまりにも多くの制限を課している。
といえます。
次につづく。。。

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